大学生になって(○十年前)、東京に初めて出てきて、コンビニでおにぎりを買った時、不思議なことに気がついた。おにぎりの種類で、「メンタイコ」と「タラコ」が別々のものとして売られていたことである。東京の友人に聞くと、「え、普通の奴がタラコで、辛くて生のがメンタイコでしょう。」と、別段不思議に思ってないようであった。九州・山口の生まれ育ちの私であるが、当地では、「タラコ」という言葉は使わない。すべて「メンタイコ」である。で、その「メンタイ」は「(スケトウ)タラ」の意味だと知っていたから、「メンタイコ」=「タラコ」であった。それが東京では、「メンタイコ」がいわゆる「辛子明太子」の意味で使い分けられていたわけである。
納得がいかない私としては、各種の辞書や百科事典を調べた。どれにも判を押したように、「『メンタイ』は、スケトウダラの朝鮮語名」と書いてあった。その時は、東京でのおかしな使い分けの方が気にかかって、語源をそれ以上調べることをしなかった。
後年仕事で頻繁に韓国を訪れるようになり、片言ではあるが、韓国語の勉強もした。ある時、思い出して、韓日辞書で「メンタイ」を引いてみた。ところが、どこにも、「メンタイ」と発音する単語は無かった。あれこれ調べて「スケトウダラ」を意味する韓国語は、「ミョンテ」であることがわかった。漢字表記は確かに「明太」だった。韓国語を少しでも囓った人ならおわかりと思うが、これは韓国固有の言葉ではなく、漢字語と呼ばれる中国から入った言葉である。ちなみに、韓国では「明太子」は「明卵漬」と表記し、発音は「ミョンナンジョ」である。私は確認のため、ロッテデパートの地下の食品売り場で現物を買って味も確かめてみた。日本のものに比べて、強烈にニンニクが利いていて、まあ似て非なるものである。
「メンタイ」の発音が、韓国語から来たものではないとしたら、それは一体どこから来たものだろうか?この話題をNiftyのあるフォーラムでしていたら、あるロシア語の先生が、ロシア語で、スケトウダラを「минтаи(ミンタイ)」と呼ぶことを教えてくれた!
考えてみれば、ロシア語には、魚の卵を表す言葉が多い。有名なキャビアを始め、日本では鮭の卵を意味する「イクラ」も、元々はロシア語で「魚の卵」を意味する言葉が語源である。
ただし、ある筑波大学のロシア語の先生によれば、この「минтаи(ミンタイ)」という言葉は、明らかに純粋なスラブ語系の語彙ではないという。また、ロシア語の百科事典においても、20世紀になって初めて登場する言葉だという。
それでは、元々どこの言葉なのだろうか?中国語ではどうかというと、講談社の中日辞典によれば、スケトウダラは「明太魚」(魚は下が横棒の簡体字)は発音 mingtaiyu(ミンタイユー)であることが確認できた。韓国語の「明太(ミョンテ)」は、この漢字表記が中国から入ったと考えるのが自然であろう。
その他の状況証拠としては、北海道では、今でもスケトウダラの干物を「ミンタイ」と言い、ロシア語ないし中国語をそのまま使用している。
ここからは私の推測であるが、「ミンタイ」という言葉は、スケトウダラの大漁場であったベーリング海沿岸で元々使われていた言葉ではないのだろうか?そこからロシア語、中国語に入り、おそらく中国語から韓国語・朝鮮語に入ったのではないかと思う。終戦前まで、旧満州地区で暮らしていた人によれば、当地でも「明太子」は好んで食されていたということである。
いずれにせよ、広辞苑も世界大百科事典も、「メンタイ」=朝鮮・韓国語説を採っているが、何の根拠に基づくのであろうか。とある国語辞書に到っては、「メンタイ」のハングル綴りをローマ字で示すことまでしている。(しかも、その綴りは、韓国語にはありえないものである。)