かわぐちかいじ氏「沈黙の艦隊」における盗用問題



 
 
 
 
 

 かわぐちかいじ氏作の「沈黙の艦隊」は、講談社の週刊コミックモーニングに1990年代初頭に連載されたコミックで、連載時にはかなりの人気作品となり、確か講談社漫画賞を受賞したと記憶している。現在でも、主人公の海江田艦長の少年時代を扱った続編が連載されているぐらいだから、人気の程は想像できよう。

 物語は、日米の協力で秘密裏に建造された最新の原子力潜水艦「シーバット」に乗り組んだ海江田艦長以下が、計画的な反乱を起こし、独立国家「やまと」を宣言し、全世界を敵に回す。その真の目的は、各国の原潜が集めて一種の独立国家を結成し、その所有する核ミサイルを抑止力として世界平和の実現を目指すことにあった。しかしながらその行動は、米ソ以下の大国を敵に回すことになり、原潜「やまと」と各国の精鋭部隊との戦闘がくりひろげらる、といったものである。(現在でも講談社漫画文庫で入手可能。)

 しかしながら、名作と言われる本作品だが、連載当時から、さまざまな「盗用」が目立ち、そのことについて指摘されないかぎり作者も講談社も言及しないことに、未だに釈然としない気持ちを抱いている。以下は、その「盗用」の内容である。ことわっておくが、私は「盗作」という言葉は使用しない。以下の「盗用」が歴然としているとしても、それ自体が法律に違反するとまでは言えないであろうし、かわぐち氏オリジナルの部分の比率も決して低いものではない。また、コミックの業界でこの程度の「盗用」は日常茶飯事だとも言える。ただ、惜しむらくは、そうした「盗用」を隠蔽するのではなく、作者自ら言明してくれれば、もっとさわやかであったろうと思う。ジョージ・ルーカス監督の「スター・ウォーズ」が黒澤明監督の「隠し砦の3悪人」の影響を受けていることは、映画ファンには周知のことだ。ただ、ルーカス監督が違うのは、本人自ら黒澤監督の影響を堂々と語っていることだ。かわぐち氏にも同じことを要求するのははたして酷なことであろうか。


盗用の具体例

(1) 基本的なアイデア

 「沈黙の艦隊」の中心を成す考えは、ストーリーのところでも触れたが、「潜水艦による平和」(Pax Americanaをもじって、Pax Submarina、とでも呼ぶのがいいかもしれない)である。「ある国際機関に所属する潜水艦部隊が世界平和を脅かす敵と戦う」という筋書きでは、きわめて有名な先例がある。潜水艦漫画の第1人者である、小沢さとる氏の「青の6号」である。(1960年代後半に少年サンデーで連載)世界各国が、お金を出し合って「青」という海洋平和を守る機関を設立し、日本の「青の6号」を含めて、それぞれの国が潜水艦を出し合って、「青の潜水艦」部隊を結成し敵と戦うというストーリーである。(復刻版が、現在世界文化社から発売されている。)

 (小沢氏には、「青の6号」以外にも、「サブマリン707」という潜水艦漫画の名作がある。余談になるが、「沈黙の艦隊」のヒットに対し、本家として黙っていられなくなったのか、'90年代になって小沢氏は、「青の6号」「サブマリン707」とも新たにSF化して改作した作品を発表している。「サブマリン707F(フュージョン)」は構想壮大だったが、途中で腰砕けになってしまっていまいちである。しかし「青の6号」の新作は、往年のファンにとっても結構満足できる仕上がりになっている。)

 つまり、「沈黙の艦隊」は、「青の6号」のプレ世界を描いたものとして捉えることもできるということだ。もちろんこれだけなら、先行作品へのオマージュにすぎない。しかし、かわぐち氏は、より決定的な「盗用」を犯す。

(2) クライマックスの戦闘シーンでの盗用

 個人的に一番許せない気がするのがこれ。「沈黙の艦隊」でのクライマックスの一つは、北極海の氷の下での、アメリカ原潜シーウルフと「やまと」の戦闘シーンである。これのストーリーは、

  • 敵(シーウルフ)は、1隻の筈なのに、後ろに回って追いつめた、と思ったら、わずかな間に信じられないスピード(「やまと」の倍)で後ろに回り込む
  • 「やまと」はこの動きに翻弄されピンチに陥る
  • 実は、まったく同型の潜水艦2隻が交互に回り込んで1隻に見せかけて攻撃していた
  • その潜水艦2隻の艦長は兄弟であり、だからこそ息のあった操鑑と連携作戦が可能だった
  • 「やまと」が片方のシーウルフを撃沈する
  •  実は、上記のストーリーは、ちばてつやの「紫電改のタカ」に出てくる「タイガー・モスキトン」との戦いと基本線が「まったく一緒」である。タイガー・モスキトンというのは、太平洋戦争の時のアメリカ軍の謎の黒いムスタング機で、日本のエース・パイロット達が次々に戦いを挑むがことごとく撃墜されてしまう。主人公の滝城太郎は、特訓によってあみだした「新戦法」と黒い紫電改を駆って、タイガー・モスキトンに最後の戦いを挑む。(集英社ちばてつや全集版では、第4巻に収録)
  • 敵(タイガー・モスキトン)は、1機の筈なのに、後ろに回って追いつめた、と思ったら、わずかな間に信じられないスピード(城太郎「紫電改」の倍)で後ろに回り込む
  • 城太郎の「紫電改」はこの動きに翻弄されピンチに陥る
  • 実は、まったく同型の黒いムスタング2機が交互に回り込んで1機に見せかけて攻撃していた
  • そのムスタング2機のパイロットは兄弟であり、だからこそ息のあった操機と連携作戦が可能だった
  • 城太郎の「紫電改」が片方のムスタングを撃墜する
  •  筆者は、連載の時から、この類似に気がついており、結局まったく同じだったということが判明した時には「をいをい...」という気持ちであった。付け加えて言うと、「双子の兄弟による攻撃」という落ちは、1960年代に隆盛を極めた「忍者漫画」できわめて多用された落ち(たとえば白土三平氏の「サスケ」にも、分身の術の正体が、兄弟{5人以上}だった、というのがある)であるので、ちばてつや氏のオリジナルではない。潜水艦は、いわば「海の忍者」ともいえるので、アイデアが転用されても不自然ではない。しかしながら、上記のパクリはひどすぎると思う。

     他の戦闘シーンについても、検証していないが、たとえば(1)の小沢氏の漫画からのパクリもあるのではないかと、疑っている。
     

    (3) その他の盗用

     「沈黙の艦隊」では、リアルな潜水艦や空母の描写が魅力の一つだった。しかしながら、連載開始の比較的初期に、その絵がある写真家の写真集を無断で写したとして、その写真家から訴えられた。たしか、かわぐち氏側が全面謝罪+補償したと記憶している。ストーリーの盗用とは別の次元の話ではあるが、かわぐち氏の基本姿勢がよくわかるエピソードなので、あえてここで紹介する。


     色々、悪口を書いたが、筆者自身は「昔の」かわぐちかいじ氏の作品は好きだった。いつの頃からか超人気漫画家になり、上記のような人のアイデアの利用で作品を作っていく姿勢が見え隠れするようになったのが、個人的には悲しい。

    (皮肉なことに、復刻版「青の6号」の後ろの帯に、かわぐち氏の作品の広告が載っている。)
     


    ホーム